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京都にちじょう365 ときどき観光気分

京都に長く住んでいる人が日常の目線で京都の片隅から語ります。 まとめサイト等、他サイトへの文章・写真の無断転載はお断りします。

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「お坊さん便」は合理的システムだと思う。義父の葬儀を通じて菩提寺との付き合いに感じたこと。

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菩提寺にこだわる必要があるのか、義父が亡くなって疑問に思っている

 

義父は冬の朝に他界した。

日本海側の小さな村の出身で、京大生のころ、下宿先の娘であった義母と出会い結婚して50年連れ添った。義父は婿養子であった。(これを書いている私はその長男と結婚していま京都の片隅で暮らしている。)

 

うちの菩提寺は、義母を育てた「義母の祖父母」の時からお世話になっている寺院だった。過去形になっているのは、義父の葬儀をきっかけに、この寺とはご縁がなくなったからだ。この寺は京都の観光地の一つとなっている有名な寺だ。

 

亡くなってしまった義父もさして信心深い人ではなく、話題にしたところでばちはあたらないと思うので、この出来事について書いてみたいと思う。

 

義父が亡くなったのは月曜の朝だった。通常なら、火曜に通夜、水曜に葬儀を行うと思うが、水曜が「友引」だったので、亡くなった月曜の当日に通夜、火曜に葬儀を行うことになった。

 

義母が菩提寺のご住職に電話をかけて頼んだところ、火曜は他にも法事があり、出向くことができないという。代わりにお経をあげてくれる方をとお尋ねしたものの、紹介していただくことはなく、ご住職が木曜日なら行けるとおっしゃったそうだ。

 

しかし、遠方から親類が詰め掛けており、再度、木曜日に京都まで出直して来いと言うことはできない。私たちはやむを得ず、とりいそぎ葬儀場を通じて、菩提寺と同じ宗派のお寺さんを紹介してもらい、通夜と葬儀のみの予定でお経をお願いすることになった。

 

義母がこのことを菩提寺の住職に報告すると、たいそうご立腹になって「普通はみなさん待っていただきますよ。」とおっしゃったそうだ。そして、その後の初七日から四十九日までの法事も引き受けるわけにはいかず、葬儀を行ったお寺さんがおつとめされるべきだという。

このことがあって、葬儀の後、お詫びかたがた、夫から菩提寺のご住職のところへ出向きたいと申し入れたものの受け入れてもらえず、四十九日後もお好きになされば、という言い方をされたそうだ。

 

信仰をあくまでも優先することは、現代の生活には合わないのではないか

 まったく信心深くない私だが、この出来事にかなりショックを受けた。もしかすると、一般的な社会常識、または京都のしきたりからすると、失礼極まりないのは、私たちの方かも知れない。 

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しかし、そこまでして、菩提寺にこだわる必要があるのかどうか、私はこのことをきっかけに、呼べば来てくれる「お坊さん便」があれば、十分ではないかとさえ思うようになった。

私たちの日常生活を滞留させてまで、無理にお寺さんにお願いしたいと思わないし、故人もそれを望まなかったと思うからだ。

 

菩提寺との普段のお付き合いも義母は完ぺきにこなしていたと思う

 普段から、お彼岸やお盆、命日になると、義母はせっせと仏壇に丁寧にお供えをしていたし、お寺さんへの付け届け、寄付、お供えなどきちんとしていたと思う。 義父母の家計には、かなりの圧迫になっていたかもしれない。

でも、こうした普段の付き合いがあるからこそ、万が一のときにはすぐに来てもらえたり、親身になっていただけるという思いがあったのではないと思う。それをしていただけなかったということになると、いったい何のための菩提寺なのだろう。

義母から気になることを一つ、以前聞いたことがある。我が家は、お墓がお寺の中にあるタイプの「檀家」ではない。だから、扱いが一つ下に見なされるのではないかということだ。

以前、このお寺の行事に招かれて義父母も出席したが、席の位置があからさまに分けられていたそうだ。でも、これまで付け届けやお布施の程度で、差別されたり簡素な席に座らされてもそれは仕方がないかも知れない。

このたびのことに、優先順位があったのかどうかは分からないが、ご住職のおっしゃり方からすると、檀家が少なくて困っているということはないんだろうなと思う。

それにしても、あれだけ大きな寺院でありながら、代わりにお経をあげてくださる方がいないということに驚いた。お弟子さんがおられないのだろう。でも、こういうときに備えておくものではないだろうか。

ネットで検索してみると、この菩提寺の宗派についてはどうか分からないが、他の宗派では檀家さんの不幸が重なったときに備えて同じ宗派同士で紹介する仕組みはあるようだから、あながち私が思っていることは非常識ではないと感じている。

 

次のお寺のご住職は義父が連れてきた「よきご縁」と思うことにした。

 結果的に、前の菩提寺とのご縁は切れてしまったが、葬儀場からご紹介いただいたお寺のご住職が、とてもおおらかで優しく、信頼できる方だと感じている。義父がきっと連れてきてくれたご縁なのだと思う。

このお寺の歴史はかなり古いものの、先代のご住職に男児がおられなかったそうだ。今のご住職は、同じ宗派の別のお寺の次男としてお生まれになり、このお寺の「雇われ住職なんですよ」とご自身でおっしゃっていた。

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先の菩提寺にせよ、今度のお寺にせよ、少子化の影響を受けているし、私たちの生活も昔とはペースが違うし、考え方も変わっていく。

 

お坊さん便、お寺のことはどうせ分からないから、一度使ってみたらいいじゃん

都会で生活し、普段から田舎の菩提寺と付き合いのない人は、「お坊さん便」を利用してみるのもよいかもしれない。フルタイムで寝る暇さえ削られている現代人が、年に何度も家までお寺さんに来てもらい、お経をあげてもらうのは難しいと思う。

たった一度きりのお経でも、故人をそこで弔うことができればいいという考え方がそんなに間違っているのだろうか。

もしかしたら、そこで相性のあうお坊さんに出会えて、長いお付き合いになることもあるかもしれない。それもまた良いご縁を得るきっかけの一つではないだろうか。

 

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